うつ病を発症したきっかけと接し方

看護師である主人の母親がうつ病になりました。

主人と結婚し子供が出来た頃に義母が仕事をほぼクビの状態で辞めました。

そのクリニックでは10年間師長として勤務していました。

看護師歴も長く大きな病院で働いた後に引っ越しの関係でそのクリニックへ就職しました。

 

そのクリニックは小さくスタッフの仲も良かったです。

小さなクリニックですのでスタッフは数名が常勤で師長以外は若く20~30歳代でした。

そんな中でも気が若い義母は距離も近く楽しく仕事をしていました。

 

しかし、クリニックの備品が無くなる事に関して院長先生が師長に疑いの目を掛けてきました。

院長先生は70歳代半ばの女性で少し思い込の激しい所もあります。

一度そうだと思った事は曲げません。

師長が備品を盗んだと思えば、事実なんてどうでもいいのです。

 

その日から院長先生の執拗な苛めが始まりました。

師長は懸命に感違いだと訴えましたが聞き入れられず、

始めこそ誤解を解きたいと思っていましたが、その内に辞めた方が楽になると考え離職しました。

退職金も10万円しか頂けず、再就職先も近所ではするなと圧力を掛けてきました。

 

再就職先も決まり落ち着いて仕事が出来ると思っていた矢先に院長先生から裁判を起こされました。

内容は備品を盗んだ窃盗と院長先生の悪口を言ったとの事で名誉棄損でした。

 

ようやく少し距離を置き安堵したのも付かぬ間にそんな事を言われました。

義母も弁護士を付けました。

忘れたい事も裁判がある度、弁護士が来る度、思い出されました。

元々小食だった義母は更に小食になりどんどん痩せていきました。

夕飯は少しの野菜と殆どお酒になりました。

寝る前にはお酒と一緒にデパスを内服して入眠していました。

 

仕事に行くのも億劫になり胃薬を内服する様になりました。

一緒に夕飯を食べていても食後は少し経つとトイレに走り嘔吐していました。

気分もふさぎ込み、オシャレも全くしなくなりました。

買い物に誘っても裁判にお金がかかるからと断ります。

 

そんな生活が半年続くともう死んだ方がいいのかなと言い始めました。

流石にこのままでは行けないと思い、主人と心療内科に連れていきました。

診断はうつ病でした。

しばらく仕事も休み自宅で休養する事になりました。薬も出ました。

それでも死にたい、しんどいという言葉は変わりません。

 

私達夫婦は兎に角、顔を見に訪れる頻度を増やしました。

会話もTVの何気ない会話だけですが、様子を見守る事にしました。

それから半年経つと裁判も終わり、薬も効果を示し、死にたいとの発言は無くなりました。

以前よりも良く食べられる様になり笑顔も増えました。

 

あの当時は本当に辛かったけど頻回に孫を連れて来てくれてありがとう、と言ってくれます。

今は少しマシになって生活出来ている事が幸せです。

何を伝えてあげれば良かった分かりませんが、一緒にいるだけで安心できたと言われています。


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