うつ病からの克服

私は、中学1年生のころにうつ病になりました。

当時は勉強も部活も頑張りすぎて、へとへとに疲れていたのに休もうとはせず、

毎日頑張ってしまっていました。

 

不登校になったころ、母は私が学校に行かないことに焦って

無理やり私を学校に行かせようとしていました。

しかし、どうしても朝起きることはできませんでしたし、食事もすることはできませんでした。

リストカットのようなこともするようになっていました。

毎日が苦しくて、生きていても死んでしまってもどうでもいいという気持ちでいました。

 

 


〇母の対応

母が感情的になると、私も感情的になり泣きながら大ゲンカをする毎日でした。

 

不登校になって1カ月が過ぎたころ、私の生活は完全に昼夜逆転していました。

家の外に行くのも、知っている人や同級生に会ったらどうしようという思いから

外に出ることもできませんでした。

 

その頃は母も無理やり私を学校に行かせようとしても逆効果だと気づいたらしく、

本を買ってきてくれたり食欲がない私が食べることのできそうな食事を用意してくれるようになりました。

 

母は、「病名」を欲しがる私の希望通り病院に連れて行ってくれました。

また、学校のスクールカウンセラーと連絡を取っていました。

 

 

〇回復の兆し

スクールカウンセラーとの面接も始まりました。

誰も、私に学校に行けとは言わなくなりました。

1年以上学校に行かずに昼夜逆転の生活をしているうちに、自分で自分の将来が怖くなりました。

 

このまま学校に行かないでいると、高校にも大学にも行けない、

働くこともできずに一生引きこもり生活になるのではないかと怖くなりました。

それでも、まだ学校に行くエネルギーは湧いてきませんでした。

 

あまりにも学校生活から遠ざかってしまっていて、同級生に会うこともとても恐ろしく感じました。

そのような焦りから、また心の調子が悪くなり、自傷行為をすることで現実から逃げようとしていました。

しかし、カウンセラーやお医者さんなどの専門家に支援を受け、少しづつ学校に行くようになりました。

 

 

〇うつ病を克服して、今思うこと

うつ病になったばかりの頃、自分はただの弱い人だと思っていました。

しかし、病名をもらい、学校に行けないのは

「自分のせいではなく病気のせいなんだ」と思えるようになると、少しずつ回復していきました。

 

周囲の人々は、誰も私を急かしませんでした。

もし、母が精神的に病んでいる私を認めずに対立したままだったら、今の私はないと思います。

スクールカウンセラーも、お医者さんも、私に学校に行けと言いませんでした。

 

そのうち、自分からこのままでは将来が不安だという気持ちから

「学校に行きたい。でも、怖い」と話すようになりました。

そこからの回復は、比較的に早かったように思います。

 

もし、周囲にうつ病の人がいたら本人がエネルギーをためて

また行動できるようになるまで待ってあげて欲しいです。

ただ待つことは周囲の人々にとっても苦しいと思います。

そのためにも専門家の人々と連携することをお勧めします。



うつ病の人への接し方 関連記事


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL

CAPTCHA