うつ病患者の立場から

私が病気を発症致しましたのは、遡ること9年前となります。

本当に自分でも信じられないくらいある日突然の出来事でした。

前の日の夜まで、いつも食後の楽しみである小学生の息子と遊ぶのが楽しいひとときでした。

 

その日も食事が終わり、いつものように遊び始めたその瞬間に、

スーッと血液が逆流するような言葉には言い難い感覚に襲われ、

息子と遊ぶ事が出来なくなってしまったのです。

生まれて初めての感覚に訳が分かりませんでした。

 

息子は、つまらなさそうな顔をして部屋を出て行きました。

当然、日課のようなものでしたから家族からは変な顔をされました。

息子が可哀想にと言わんばかりに。

でも、どうしても昨日までの自分に戻れないのです。

 

9年前ともなると、現在のようにうつ病をはじめとする

精神障害に対する理解を得る事は困難なときではありましたが、

あまりの人格の変化に家族や周囲の方々、家族でさえですよ。

私のことを奇異の目で見てくるのです。

その時点では全く心当たりもなく、辛かったり痛かったりという自覚症状もありませんので、

なおさら家族の目には変な感じしか無かったのでしょう。

 

幸いにも家族での自営業でしたので、

しがらみや人間関係にも悩む事は少なかったのですが、

不利なことに私は婿養子として嫁いだ身です。

ですから、やはり血縁関係の強さをこれほど強く感じた事はありませんでした。

 

義父も婿養子で、私と同じ立場にあるのですが姑問題にあったことは無いのです。

私の場合、月を歳を重ねるごとに風当たりの強さを感じるようになりました。

心療内科を勧めてくれた妻にさえ愛想をつかされ、

義祖母、義母、妻と血の繋がった人間同士は、

一心同体となり私にプレッシャーを態度や言葉で投げてきます。

 

この病気は、目でみて相手に伝わるものではありません。

いわば、仮病扱いをされかねないのです。

言葉で言い難い辛さゆえに、

体験談の書物やネットの記事を読んでくれるように懇願しても、

突っぱねられる始末。

どうしようもなく辛いときは、横になってると、「また寝てるの?」と考えられない声が飛んできます。

 

義母は性格上私はよく理解をしているのですが、

障害を持ち苦しんでいる人に対して、腫物触るかのような冷酷な態度を見せてきます。

被害妄想かも知れませんが、擦れ違うときに私を避けて通るとさえ感じます。

言葉なんかは勿論交わすはずもなく、私はただただ孤独に陥っていきます。

婿養子だから尚更でしょうが、兎に角、ほんの少しの理解をしてくれようともしないのです。

 

体が辛く、二日間布団のなかから出れなくても、誰も近寄りません。

この病気の人に対して禁句なのが「頑張れ」と一般的に言われていますが、

ここまで孤独のどん底まで落ちると、「頑張れ、頑張れ」と励まして欲しいです。

 

何もかも自らしなければいけないので、いろいろと調べて、

ようやく今更障害者手帳と、障害年金というものを知り、

すべて自分ひとりで調べ申請して、需給資格を得る事が出来ました。

 

兎に角、私が一番大切だと思うのは、患者さんの気持ちになって、

すべてを信じて「理解」をしてあげる、そこから入らない事には患者さんはいつまでたっても救われません。

理解、理解がまず先決です。

絶対に間違いありません。

 

9年生の私を理解してくれてるのは、先生と実家の両親だけなのです。

身近な方、絶対に理解する事です。何よりの薬です。



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