1人にしないこと。

高卒で就職、上京しました。

なんとなく都会に憧れてしまって、「地元を出たい」その一心でやってきました。

今思えば志が弱かったんだと思います。

 

就職先では厳しい新人研修が始まりました。

仕事プライベート共に忙しく、バタバタと約2週間経ってしまいました。

それでも同じ状況にいた同期達と毎日一緒に過ごしていたので耐えることができました。

 

研修を終えるとそれぞれの店舗へ配属されます。

私が配属されたのは社内で1番忙しく厳しいリーダーがいる店舗でした。

私は毎日懸命に頑張りました。

 

私は新人の中で1番のトラブルメーカーでした。

何かやらかすとリーダーに呼び出され店の出口でお説教。

「なんで?なんでそうしたの?」

ひたすら同じ質問をされ結局アドバイスもなにもなし。

私は号泣、お客様もこんな光景にびっくりです。

新人いびりするパートのおばさんにも嫌気がさす毎日でした。

 

「今日は失敗しませんように」

通勤前に祈りながら電車に乗ります。

 

約1年経ったころには駅につくと手の震えと吐き気がするようになってきます。

私が働いていた店の前には横断歩道があります。

「店の前で自殺してやる」と何度考えたことか。

 

接客業だったので同期と会う機会はありませんでした。

休日は基本的に1人行動でしたが、私は1人でもまったく気にしないタイプです。

でも1番つらかったのは休日は誰とも話をしないことでした。

一言も発しないので自分の声を忘れてしまいます…

仕事のつらさと1人でいる寂しさを発散したくて、だんだん男遊びがはげしくなっていきました。

 

電話に出ても誰だかわからずキレられたこともあります。

毎日毎日お風呂で泣きました。

鏡で泣きじゃくった自分の顔を見て「もうダメだ。」そう思いました。

 

思いきって精神科へ行ってみることにしました。

先生に自分のことを話していると涙が止まらなくなりました。

この症状はあと3年くらい続きました。

結果うつ病と診断され、私は地元へ帰ることにしました。

 

ここまでで1番腹がたったのはサイトへの書き込みでした。

私は毎日愚痴のような日記を書いていたんです。

みんな同情してくれ話を聞いてくれました。

その中で1人、お姉さんのように接してくれた方がいます。

 

その方に「何をしに上京したの?」と渇を入れられました。

当時の私にはその一言が重く、わかってくれない…ムカつくとブロックしてしまいました。

今では私のためを思っての言葉だと理解できるのですが…

うつ病の人には厳しい言葉を言わずに、話を聞いてあげるほうがいいのだと思います。

甘々だと感じる方もいるかもしれませんが、当事者にとって立ち直れる手段になるかもしれません。

 

地元へ帰り、美味しいご飯を食べて毎日会話しているうちにうつ病はフェードアウトしていきました。

涙が止まらないことの対応については、気にしないでほしいとみんなに伝えました。



うつ病の人への接し方 関連記事


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前 *

ウェブサイトURL

CAPTCHA