今思うと、私もうつにならなかったことが不思議です。

うつになったのは主人です。

長年患ってきた潰瘍性大腸炎。

かなりの劇症型で常に下腹部の痛みがあり、便意があっても少しづつ水下痢が出るのでお尻もヒリヒリ。

それでももう十分にストレスなのに痛みがどんどんひどくなって、毎日脂汗を書いているような状態でした。

 

そうなると入院して絶食の毎日。

働き盛りなのに1年の半分以上は休んでいました。

でも、もうそろそろそんな対処的な治療も限界になり、患部である大腸を全摘することを決めました。

いくら患っている場所とはいえ、手術で摘出してしまえば自分の大腸はもう戻すことはできません。

あと1年待てば、良い治療法がでるかもしれない。

だとかの望みもありましたが結局全摘を決めました。

 

これで痛みから解放される!悪いところがなくなるのだから楽になれる!

と思い手術に望みましたが、術後の経過が悪く、全く退院できない日々。

お腹にチューブを2本もいれ、24時間点滴。

痛みは手術前よりもひどく寝たきりの生活。

これじゃうつになっても仕方ありません。

「前よりひどくなったじゃないか。」という主人の言葉には絶望感があふれていました。

 

初めは「術後すぐに退院させらるのも不安でしょ。」などとなだめていた私ですが、

次第にかける言葉も少なくなっていきました。

その頃娘がハイハイするくらいのかわいいさかりで、少しでも元気づけようと

週に1,2度ほど車で2時間かかる病院までお見舞いにいっていたのですが、

そんな私についた途端「悪いけど帰ってくれない。」「ごめん。話できない。もうこなくていいから。」とか。

メールをしても返信も来なくなっていたのに、夜中に「離婚しよう」というメールがきたり。

 

あとで主人から聞いたのですが、その時はこのまま自分は寝たきりになるんだ。と思ったんだそうです。

そんなのが続きましたが私は娘を連れて通い続けました。

わずかながら主人の症状も少しは良くなり、管が取れ、点滴がとれ、

食事を取れるようになる頃には元の主人に戻りつつありました。

 

簡単に書きましたが、その時に主人にはいろいろショックな言葉を投げかけられました。

ちょっと泣きそうになるくらいひどい言葉です。

でも、今の主人はその時のことは何も覚えていないと言います。

私もそれでいい。と思うので、「そっか。」と蒸し返してなじることもしません。

 

あの時の私、赤ちゃんの世話と主人の間で、よく自分もうつにならなかったな。と思います。

もともと楽天的な性格もありますが、主人と距離を置いていたことが一番良かったんだと思います。

険悪になれば自分が家に帰ればいいこと。ほおって置いても相手が病院にいるから安心なこと。

そして家に帰れば赤ちゃんと二人の生活なので、私がしっかりしないといけません。

気持ちの切り替えをする場所があったこと。これらが私がうつにならなかった理由だと思います。

 

そして主人との接し方について思うことは、しつこくしない。ということでした。

返事がなくてもしつこくしない。拒絶の姿勢がみられたら帰る。

要は「私がこんなに心配してるのに。」という見返りを求めないことでした。

相手が私がそばにいることを認めるまではそうしていました。

でも毎日子供のことや家のことなど、写真を添えてブログのようなメールを毎日送っていました。

もちろん返信を求めるような内容はありません。

相手が見ようが見まいがかまわないと思って。

でも、ごく稀に「娘は病院いったの?」なんて短いメールがきた時は涙が出るほど嬉しかったです。

ああ、メール見てくれてるんだな。って。

 

そうして長い入院は終わり、なんとなく復帰して、現在は家族のためにバリバリ働いている良いお父さんです。

いつか脱出する日が来ます。皆さんも頑張って!!


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